アルトメリア連邦の僻地にある街で、少年はいつものように花や菜園を世話していた。 
 別にガーデニングが趣味というわけではない。単に少年の家が花屋であり、また青果商であるというだけの話である。少年と両親だけで世話しきれるほどの慎ましい物だが、街ではそれなりに馴染まれ、極々平凡な収益を得ている――――そんな家業を、物心ついたときから手伝わされていた少年にとって、この日課は呼吸のように当たり前の活動だった。
 とはいえ、思春期の真っ只中にある年頃ともなれば、こんな土いじりよりも、学校の友人たちともっと遊ぶ時間が欲しいと思うことも勿論ある。
 けれど少年はそんな欲求に翻弄されることなく、日課を黙々とこなし続けてきた。
「………いや、我ながら…枯れてるとは思うけどよ」
 少年は苦笑する。要するに彼という人間は、友人とのバカ騒ぎよりも、同年代の女子との交友よりも何よりも、花や菜園の世話が好きなだけなのだ。
 両親が店を切り盛りしている間、少年はそうして一人畑に立つ。
 もうしばらくすれば妹もやってくるだろうが、アレは都会かぶれの癖があり、土いじりをやりたがらない。まぁそんな夢を見たい年頃なのだろうが――――。

―――――しかし、今日の来訪者はもっと早くやってきた。

 けれどその女の子は、そばかすが目立つ妹ではなく。
 そもそも―――――その娘の肌の色は、人間のものでは全くなかったのであるが。

「………なんかの病気なのか、お前」

 世界がGなんて得体の知れない巨大蟲の脅威に晒されているご時世に、開口一番、こういう口をきいてしまう自分はつくづく偏屈な人間なのだろう。少年は鼻で笑って、少女を見やった。
 これで眼前の奇っ怪な少女が完全な害悪であったのなら、自分の人生は呆気なく幕を閉じることになるのだろう。
「ビョーキ? なんでだ?」
 けれど少女はごくごく普通に返してきたので、少年は軽薄だった警戒心を完全に解いて指摘する。
「だってお前、肌の色、フツーあり得ないだろ? 〝緑色〟なんて」
「ム。そーなのか。アルラーナは生まれてからずっとこの色なんだけど?」
「ふぅん。だったらなんかの亜人なのかね。……植物とか」
 少年の言葉に、アルラーナと名乗った少女は「おぉ」と眼を丸くする。
「どーして分かったんだ?」
「まぁ…なんつーか、緑すぎるし」
 呆れ半分に答えるしかない。少女は肌だけではなく、髪の毛まで緑色だった。それこそ葉緑体でも入ってるんじゃないかと思うくらい、見事に青々としている。普通なのは少女としての形と、赤い瞳の眼球だけ―――――いや、赤い眼の人間ってのがそもそも変だったか。
「仮にお前が植物なら、健康そのものだな。頭のその花や葉っぱも自前だったりするのか?」
 更に少女が「おぉ!」と驚いてみせたので、少年はちょっと得心を得た気がした。
「お前すごいナ。アルラーナの正体を瞬く間に当てた!」
「………いや、たぶんそれくらい大抵のヤツは想像がつくと思うけど…」
「ここの植物はお前が世話してるのカ?」
 キラキラと眼を輝かて畑と庭園を見回している少女に頷いてみせると、彼女は納得したように笑顔を向けてきた。
「なるほど。お前のよーな管理者がいるから、ここの植物はこんなに活発なのだな!」
「………」
 それは褒め言葉だったのかは知らないが、とりあえず少年は理解した。
 緑の肌に緑の髪、姿形こそ人間だけど、どう見ても人間じゃない正体不明にまったく動じなかった自分の真実を。
「いや、まったく。自分でも呆れるけどな…」
 だって少女は、少年が日課としてずっと相対し続けてきたモノたちと同じ存在なのだから。敵か味方かの区別なんて、それこそ息をするより簡単なことなのだった。
「しかし、喋ると案外鬱陶しいな」
「ウットーシーぃ?」
「嬉しいってこったよ」
 少年はクツクツと笑ったとき、そばかすの妹がいつもの時間にやってきた。
「にーや、調子はど――――…って、グリーン肌ッ?!」
 そうしてアルラーナにごく普通の反応のお手本を、披露してくれたのだった。


   …


 それからアルラーナは、毎日のように菜園を訪れてきた。
 よほど、ここの植物が気に入ったらしい。それは日々欠かさず世話を続けてきた少年にとっても、素直に喜ばしいことだ。
 けれど彼女は人間ではない。亜人だったとしても、その亜人すら人間扱いしていない地域もよくあると訊く。この雑多な人種が入り乱
れた国では、彼女の存在は厄介の種でしかないだろう。
 それでも正体不明な彼女が遊びに来ること自体、少年――――ジョンは構わないと思っている。正直に言えばジョンもその緑の闖入者
には興味があったからだ。
 けれど、さすがに両親に遭遇されるのはマズイだろうと釘を刺しておいた。子供の自分にすれば少し不思議な程度でしかないアルラー
ナだが、もう自身の常識を凝り固めてしまっている大人である両親からすれば、彼女を害悪の断定してしまう可能性もあるからだ。それ
をアルラーナも理解してくれたのか、両親が畑に立つときは姿を見せないというのが半ば二人の約束になっていた。
 なお、妹のメリーはさすがに子供というか、アルラーナの姿に驚愕こそすれ、怖れるどころか興味津々といった様子だった。
 手伝いこそしないけれど、毎日退屈しのぎにやってきていたメリーではあったが、今ではすっかり主旨変えしてしまって、アルラーナ
に遭いに菜園に顔を出すようになっている。
 確かにこの街には若者向けの娯楽が少ない。まだ見ぬ都会に夢焦がれる少女としては、アルラーナのような不思議もまた渇望してやま
ない非日常なのだろう。
「今日はおやつにプリン持ってきたんだよ」
 メリーはそう言って、紙袋から瓶と木のスプーンを取り出した。ジョンたち二人にとっては見慣れた、母親お得意のデザートである。
ちなみに見た目や味の方も、かなり自慢できる一品だった。
 しかしアルラーナにとっては、味という以前に、まったく未知の存在であったらしい。ほぅと目を点にして、手渡されたプリンを覗き
込んでいる。どうするものなのか察しがついていない様子だ。
「こうやって食べるの」
 助け船を出すようにちょっとお姉さんぶった様子で、メリーがスプーンでプリンをすくって、自分の口に運んでみせる。
「フムぅ…」
 見様見真似でアルラーナが続く。プリンを食べるにしてはいささか神妙すぎる表情であったが――――
「……おぉ」
 強ばった頬は、プリンの甘さに一瞬で氷解した。
「甘いなコレは! 太陽の光より甘いナ!」
「……そうか。お日様って味があるんだ」
 それは知らなかった、とジョンが思わず天を仰ぐ。本日も見事なまでの晴天である。
 もちろん、味なんてまったく分からなかったが。
「プリンも知らないんだ。というか、殆ど何も知らないんじゃないの?」
 メリーが小馬鹿にした口調で言ったので、アルラーナは「そんなことはないぞ!」とカッと目を見開いて否定してきた。
「これでもアルラーナはかなりニンゲンの文化を学習しタからナ! 例えば、サカナを食べたら、ニンゲンの雄しべは激怒して追いかけ
てくるとか!」
「………それ、多分お金払わずに食べたからじゃないかな…」
「そーなのか? あとヘンタイ、…シンシ?というヤツからカワイイとか言われた。一緒にオトナのカイダン登らないかとか言われたぞ

「それすっごく危ない人だから! 絶対もう近寄っちゃダメだから!」
「そーなのか? 面白そうなヤツだったんだけど…」
「ダメよ絶対! 毒沼に頭を突っ込むようなものよ!」
 メリーの意見には、ジョンも概ね同意である。アルラーナの容姿はまるっきり子供である。人外っぽいとはいえ、そんな子に「オトナ
のカイダン」なんて発言をする奴がまともな訳がないのだ。体は人を表すという通り、きっと脂ぎった醜悪なおっさんか、怪しい黒ずく
めの男だったに違いない。
「あと、お金はちゃんと払わないと。じゃないと怒られて当然なのよ」
「お金……そんなものが食事に必要になるのか。ではこのプリンもか?」
「それはいいの。私たちからの好意なんだから」
「……むぅ。文化は面倒だな。ノーマはそんなこと教えてくれなかったぞ…」 
 アルラーナはそう呟きながらも、プリンを一口して笑顔を綻ばせている。
 本当に無知なのだ、この少女は。亜人にしたって、これはあまりに世間知らず過ぎる。
「アルラーナは、一体どこから来たの?」
「ずっと南の森」
「今のノーマって誰?」
「盟友」
 興味津々なメリーの矢継ぎ早な質問に、素っ気なく答えていく彼女。というか意識の大半をプリンに持って行かれているだけなのだろ
うが。ほややんとした表情もあって、脳がプリンで溶けてしまっているのかもしれない。プリン、恐るべし。
 
「その人もアルラーナと似たような姿なの?」
「チガう。ノーマはずっとニンゲンだ」
「アルラーナみたいな子は他にもいっぱいいるの?」
「いない。私たちは〝ひとり〟だ」
「? でも…〝たち〟なんでしょ? お父さんとかお母さんは?」
「ふゆゆぅ~…それはよく分からん。例える言葉が分からない」
 メリーはそんなアルラーナに、ここぞとばかりに質問を続けていく。もしや確信犯だったのだろうか。だとすれば、妹も恐るべし!と
思わず兄は唸り、将来がとても楽しみで不安になった。
 その一方でアルラーナの意味不明な言葉も気になってはいるが、殆どのないようがちんぷんかんぷんだった。
「そのノーマって人はいま一緒なの? この街にいるの?」
「ノーマは森から出ない。アルラーナは―――――で、ニンゲンの社会を見聞してる。ずっと」
 一部聞き取れなかったのは、プリンを食べながらだったためか、意図的だったのかは定かではない。
 とりあえず、こいつはどっか物凄く辺鄙な森から一人旅しているらしい、ということは分かった。
 しかし、だったなら。
「お前、寂しくないのかよ?」
 ジョンは思わずそう口を挟んでしまった。
 だって、こんな世間知らずの女の子が、見知らぬ土地を一人で旅してるなんて、あまりに孤独ではないか。そう思えてしまったから。
 けれどアルラーナは首を横に振る。
「アルラーナは独りじゃないぞ。今だって、独りじゃない。この土地でも、いっぱい、ドーホーができた」
「……同胞?」
 メリーが訊ねると、アルラーナはうんと頷いて、目の前を指さした。
「ここの植物たちが新しいドーホーだ。ここの植物たちの声は、とても澄んでいる。ここまで穢れていないのは、珍しいんだぞ。ジョン
、お前は間違いなくココの植物界のメーユーだ」
 そうして、アルラーナはにこりと、プリンに毒されたときよりも、ずっと可憐な――――どこか高潔な笑顔を浮かべたのだ。
 よく分からなかったが、どうやら褒められているのだろうとジョンは解釈する。そしてこの言い分からすると、やっぱりこいつは植物
の亜人なのだろうか。噂に聞く猫や狼の亜人が、想像通り猫や犬と会話が出来るのであれば、の仮説なのだけれど。
 それでも、いまのアルラーナの言葉はずっと続けてきた少年の日々への、手放しの賛辞には違いなかったから。
「……ありがとよ」
 ジョンはそう呟いて、アルラーナから視線を逸らした。だってそう面と向かって誇らしげに言われれば、意識せずとも頬が紅潮してし
まっても仕方がないじゃないか。
「………むぅ」
 そこで面白くなさそうに唸ったのが、妹のメリーだった。
 いままで蚊帳の外だったはずの兄だけが褒められて、ひとり除け者にされた気分なのだろう。気がつけば、ちょいちょいとアルラーナ
の剥き出しの肩をつついていた。
「ねぇ、じゃあ私は? 私は?」
「ムゥ?」
 アルラーナは小首を傾げて、しばし考えた後。
 彼女同様にまったく起伏のない胸を期待で躍らせるメリーに対して、こう言ったのである。
「メリーはプリンだ」
「おやつ運搬機か私はッ!!」
 メリーが間髪怒鳴るのも、無理なかった。

   …

 アルラーナという不審者が畑に顔を出し、その珍客目当てに妹がやってきて、ちぐはぐな二人の会話を聴きながら土いじりに精を出す
ことが、ジョンにとって半ば自然となり始めていた。
 ほんの数日前に出逢ったばかりであるが、ジョンにとってアルラーナという緑の少女は、すっかり非日常の存在ではなくなってしまっ
ている。逆にその無知で無邪気な声がないと、ずっと続けてきたはずの日課がどこか物足りないものに思えてしまうほどに、彼女はジョ
ンの生活に溶け込んでしまっていたのだ。
 それは妹のメリーにとっても同様なのだろう。菜園にやってくるときの目の輝き方が、いままでとまったく違うのだから。
 メリーにとってすれば、初めこそ興味本位で接していたのだろうが、ここ数日ですっかり妹が出来たような感覚なのだろう。年上ぶっ
て見栄を張った態度からしても一目瞭然で、そんな妹にジョンは内心笑いを堪えるのに必死だったりする。
 またアルラーナはアルラーナで、相変わらず世間ズレしたままだが、とりあえず貨幣の使い方くらいはどうにか分かってきたらしい。
けれどそれでもその容姿が災いしてか、トラブルは絶えないのだそうだ。
 今度は変装のやり方でも仕込もうか―――――そう、ジョンは考えていたのだが。
「………」
 今日はどうにも事情が違った。何故かは分からないが、いつもはジョンに一任しているはずの時間にずっと母親が居座っているのだ。
(……まずい、よな)
 ジョンは心の中で舌打ちする。もうすぐアルラーナがやってくる時間だ。このままでは鉢合わせしてしまうだろうし、捨て犬を拾って
くることすら許容しない大人である母が、メリーのように単純に順応してくれるとは到底思えない。それが緑色の奇っ怪な少女であるな
ら尚更だろう。
 花を世話しながら、ジョンがそうして焦燥感にかられていたときだ。
「――――ジョン。あなた最近、メリーと一緒になって、変な子と遊んでるんですって?」
 いままで沈黙していた母が、そう口を開いてきた。
 その言葉にジョンは心臓を鷲づかみにされたみたいに、酷く動揺してしまった。しまった、と事後に舌打ちしたがもう手遅れだ。母親
の目はしっかりと我が子の心の内を読み取ってしまっている。
「……最近、変な子がこの街に出没してるっていうのが、商店街で噂になってたの、知ってた?」
「―――――」
 知らない。なんだ、それは。
 ジョンが押し黙っている意味を察して、母親が呆れたようなため息をつく。
「そう、やっぱりね。ジョンはそういう子よね……花や野菜ばかりを相手にして〝人にはまったく無関心〟なんだものね、あなたって。
家業を手伝ってくれるのは有り難いし、あなたのその才能も母さん誇らしいのだけど………ジョンのそういうところ、心配だわ」
「――――…」
 母親の指摘に、ジョンは反論する言葉を持ち合わせてはいなかった。
 だってそれは完全に的を得た真実だったから。
 学校には、話せる友人―――――はいる。けれど、それはただのクラスメイトでしかなく、フレンドと呼ぶほど親しい間柄なのだろう
か。クラスの女子と話すこともあるが、異性として興味を持ったことが、ジョンにはあっただろうか。
 否だ。ジョンにとって最も親しみを感じるのは花であり植物であり、彼らを支える土でしかあり得ない。家族にこそ親愛の情はあるけ
れど、それ以外の人間なんて端から眼中になかったのだ。
 だから自分は枯れている、と自嘲した。人間として既に完結してしまっているのだと。
―――――そんな人間が初めて興味を持ち、家族以外に親しみを覚え、日常とすることを良しとした緑の少女。彼女がもし植物を自称す
る存在でなかったとしたら、それを肯定する材料を持ち得なかったとしたら、ジョンの心はこうも惹かれたのだろうか――――。
「……その子、トーマスさんのところで魚を盗んだり、エドさんのところじゃ売り物の本を滅茶苦茶にしたとかいうの。まぁそれだけな
らただのいたずらっ子で済むのだけど………ジョン。その子が問題なのは、どう見ても〝普通じゃない〟ってことよ」
 沈黙するしかないジョンに対して、母親は矢継ぎ早に続けていく。
 論議の余地は全くない、とでもいいだけに圧倒的に。
「私は見たことはないけれど。髪と肌が緑色で、目が赤い女の子。そのうえよく見れば、瞳孔は木の年輪のように渦巻いてるっていうじ
ゃない…」
―――――そんな目のことまでばれているのか。アルラーナ、なんて無知で迂闊な子なんだとジョンは舌打ちした。
「……アルラーナは、亜人…だよ」
 そう返すのが精一杯だった。
「そうね、亜人には色んなのがいるから、もしかしたら緑の亜人もいてもおかしくないのかもしれないわね。でもそれを保証してくれる
人は? もし何かの病気にかかっているのだとしたら? ……そもそも、本当に、人間?」
「アルラーナは、悪い奴じゃ…ッ」
「悪い悪くないでいえば、商品を滅茶苦茶にしている時点で悪いわ。その子の親御さんは知っているの?」
「………一人旅だって言ってた」
「こんな時勢に? 女の子が? 一人で?」
「………」
 反論できない。だって、アルラーナはあまりに不自然すぎる。
 世界はGという共通の脅威に晒されている時代に、あんな小さな、何も知らない女の子が一人旅なんてあり得ないことだ。それこそ、
噂に聞く〝メード〟という少女の姿をした怪物でもない限り。
 普通じゃないのは理解していた。けれどそれを、敢えて考えないようにしていただけなのではないのか。
 アルラーナの正体が途端に自分の中であやふやになる。
 彼女が真実を喋っている保証は? 本当に南の森からやってきたのか? すべてが演技だとすれば?
 一度疑いだせば後は止まらなかった。猜疑心が心の中で渦巻いて息が出来なくなりそうだ。
「――――…その子に会うのはもうやめなさい。何かあってからじゃ手遅れだもの」
 母親の声は重かった。耳に届いた時点で、声が喉から引っ込んでいくほどに重く、冷徹だった。
 だからジョンは思わず凍てついてしまって。

―――――――足音が遠ざかっていったことに、一息反応が遅れてしまったのだ。
 
「…ッ! アルラーナ?!」
 母親の静止も無視して、ジョンは菜園を飛び出した。
 しかし、眼前にいたのは緑の少女ではなく、目を白黒させた妹のメリーで。
「に、にーや……どーしたの? なんかいま、アルラーナが走っていったような…」
 そんなまどろっこしい妹の声も無視して、ジョンは街へと駆けだした。
 捕まえてどうするとか、何を弁明するつもりなのかも知った事じゃない。とにかく走るしかないと思えたから。
 母親に問い詰められて、本当に呼吸が止まりそうだった。けれどそれはアルラーナが怖かったのではない。なんてことだ。こんなにも
自分のアルラーナへの思いは脆く儚いものだったのかと、自身に失望してしまったことへの落胆と恐怖からだった。
「わかってるさ…! わかってたさ…!」
 人間なんて煩わしいだけだ。家族さえいれば、あとは他人行儀でどうとでもなるどうでもいい存在だ。そんなものと接するよりも、土に手で触
れ、花の香りに意識を通わせていた方が万倍も満たされる。自分はそんなどうしようもなく駄目な人間だってことくらい分かってた。
 だけどアルラーナはそんな人間の日常に、あっさりと溶け込んできたのだ。走る理由なんてそれで十分なのだ。
 あの笑顔をもう一度見れれば、この迷いはきっと張れるハズなのだ。
 母の声にも動じないくらい、決意できるはずなのに。
「アルラーナ…!」
 なのに、見つからない。
 緑の少女の姿はまったく見あたらない。街の中をどれだけ駆け巡っても見つけられない。あんなに目立つ女の子がまったく見つけられ
ない!
 肺が潰れそうになって呼吸が困難になっても、アルラーナは姿を見せない。足が棒になって躓いても、彼女は現れない。
 日が落ちても彼女に会えない。夜通しかけても、アルラーナの姿を見つけることは出来なかった。
 そうして代わりに得たものは、心配して家の前で仁王立ちしていた父親の拳骨と、泣いた母親の抱擁と、メリーの失意の声だけで。

―――――そうして一週間が経ったけれど。
 はたしてアルラーナは、二度と姿を見せることはなかったのだ。


   …


「ジョン。お前、あの変な女と一緒に遊んでたんだって?」
 学校の休み時間に、クラスメイトの男子がそう声を掛けてきた。何人かの少年を引き連れてリーダーを気取っている奴らしく、いかにも人を小馬鹿にした態度で、席に座っていたジョンを睨み付けている。
「さぁ…知らないな。女なんて、みんな変だろ」
 しかし、ジョンは動じた様子もなくそう返した。
「フン、ウチの魚を盗んだ奴だぞ。お前もこそ泥の仲間なんじゃねーのか?」
 ああ、そういえばこいつの家はそんな生業をしていたかとジョンは思い出しながら、シラを切り続ける。
「それは大変だね。警察に連絡した方が良いよ」と静かに言い切ってみせた。本気で相手にするなど、あまりに億劫だったからだ。
 まったく相手にしないジョンの態度に、しつこくちょっかいを出してくる彼の方が、どんどん焦りに表情が歪んでいく。あまりに冷静過ぎるジョンの態度に、年相応の経験しかない少年はどうしたらいいのか分からなくなっているのだろう。単純に怒ってみせればいいのに、それをしないのはリーダーを気取る彼のプライド故なのか。
 殊勝なことだと思えばいいのだろうかと内心で考えるが、あまりに関心が無くてすぐさま忘却した。ジョンが冷静でいられるのは単純に、彼らの言うことすべてに無頓着であれるからに過ぎない。そのせいか、周りのクラスメイトから飛び抜けて大人っぽく見えるらしいが、そんな風評にも一切関心がなかった。
 他人の目や言葉にいちいち反応するなんて、煩わしいだけだ。そりより苗や花の生長に注視している方が、よっぽど有意義だと思うのがジョンという人間り在り方だった。
「――――…あのなぁ、ジョン」
「サム、もう相手にしない方がいいよ。どうせこいつ、植物としか遊ばない変人なんだからさ」
 やがて取り巻きの一人が、まだ食って掛かろうと粘る彼を止めた。
 ああ、そうか。こいつサムって名前だったっけとジョンはやっと彼の名前を思い出す。
「……チッ。そうだな。ジョンは頭がお花畑だもんな!」
「――――そうだね。じゃあそのお花畑にもう宿題を教わらないよう、努力してくれよ。サム」
「グッ…覚えてろ!」
 そうしてバツが悪そうに、彼らは自分の席へと戻っていった。ジョンは学校での成績は割りと優秀であったため、以前に勉強を見てやったことがあるのをふと思い出したのだ。
 まぁ、そんなこともジョンにとっては、何の関心もないどうでもいい話なのであるが。
「――――馬鹿馬鹿しい」
 クラスの人間に興味なんてない。早く帰って菜園の世話がしたいと、ジョンは窓の外を眺める。
 母親はそんな自分を心配していると言うが、必要をまるで感じないのだから仕方がない。妹の面倒を見ることくらいで勘弁して欲しいのに、これ以上なにを望まれろと言うのか。
「………アイツだけは、そうじゃなかったんだけどな…」
 ぽつり呟いたが、それは一体誰のことだったか。
 チャイム鳴り、教師がやってきた。だからか、もうどうでもいいとジョンは思考を止めて、教科書を開いたのだった。
 

  …


 人類は、Gという脅威に対して巨大な戦線を維持することで抵抗していることを、彼らは識っている。  
 しかしそれは勢力という大局での意地でしか無く、Gが人類の生活圏にまったく出没しないことを意味するのではないということも、彼らは識っている。
 そも、彼らは自らの発生について、識っている。我らの一部が、人間の街に入り込んでいたことも識っている。
 だから仮に。あのような脅威が列を成して人間の勢力圏に現れたとしても、何ら不思議ではないことも、識っていた。
「―――――」
 眼前に迫った〝ソレら〟のことを、人間の言語にすれば「森を食い荒らすモノ」と彼らは認識していた。
 ただ自然に、食物として草食され、やがてその動物の屍骸が彼らの養分となって土に溶けるという環の連鎖であったのなら、彼らはこ
のまま〝ソレら〟に食い尽くされるのを許容しただろう。数百数千、あるいは数万の年月を数える彼らにとって一時的な消失など何のこ
ともない。やがて土から再び芽を生やし、たかが数十年という短い歳月で元の姿を取り戻して、やがてまた朽ちるという環の営みを繰り
返すだけなのだから。
 ただ〝ソレら〟は違う。アレは既に摂食の域にはない。ただただ搾取を繰り返すだけの破壊者、自然の秩序を逸脱した存在なのだとい
うことを、〝樹海〟と繋がった彼らは識っていた。
 だから彼らは〝敵〟を迎え撃つべく、反抗する。
 彼ら――――その草原に慎ましくあった木々や花々は、瞬く間に巨大な人や蟲のような形を変貌した。樹木で出来た十メートルほどの
カマキリや、花が寄り集まって人のような姿をした怪物が、次々とその草原に発生していく。
 その樹のカマキリの腕力は容易く鉄を砕き、花人間の放つ種子は弾丸となって岩を砕くだろう。樹木を幾多に織り込んだような肉体は
人間の重火器すら耐え凌ぐほど堅固である。そんな数十の怪物がギチギチと夜の草原に出現し、月の出ていない暗闇の中で外敵に備えて
いく。

―――――そうして。彼らは一瞬で消し飛んだ。

 まるで風速百メートルの台風にでも晒されたように木っ端微塵に、彼らはその〝敵〟に轢かれたのだ。
 圧倒的な暴力の渦に晒されて、グシャグシャと食い散らかされ、破壊の限りを尽くされる。そんな一方的な蹂躙は、あっという間の出
来事だった。
 その光景を――――繋がっていた〝彼女〟は一部始終認識していた。
 破壊されたネットワークの再構築にかかる労力は大したものではない。そもそも物理的な破壊など、それこそ土という土を根こそぎ破
壊され尽くされなければ、彼女たち植物界にとって無意味なことである。だからこれは、彼女たちにとっては全く問題にならない自然界
の些事でしかない。
 されど、その〝敵〟が次に目指す餌場に―――――彼女個人は憂いを感じてしまった。
 〝森を食い荒らすモノ〟は確実に―――――へと辿り着くだろう。姿を隠すため地面へと潜ったアレらを、人類が事前に察知すること
は望めない。アレらは食い荒らすモノの中でも、かなり突出して成長してしまった〝群体〟だ。次の餌場に辿り着くまで地下を潜り続け
るし、彼女たちのように〝土の中〟に広く深く精通していない限り、決してその存在を気取られることはない。
 そして、アレに襲われれば間違いなく終わる。いまの彼らのように、即座に蹂躙され尽くすだけだろう。面積の分時間はもっと必要に
なるだろうが、自分たちよりも遙かに脆弱な―――など、泡玉を破裂させることよりも容易いこと。
「……拮抗する、人間の戦力は…」
 そうして彼女は、知らず繋がっている別の彼らの目とリンクしていた。そして、あそこにはそんな戦力はないという解答が返ってくる
。人間が事態に気付き、対処するまでには、航空機という空飛ぶ鉄塊を使って全力で駆けつけたとしても、およそ20分は要するだろうという結論がネットワーク上で決議された。
 それでは愚鈍だ。辿り着いたときには、敵は食い尽くして次の餌場へと移動を開始してしまっている。
(―――――方法はある。ただ、我らの構築を一時的に後退させることになる)
 そんな意見が集合意識に提案された。たかだが数年のことだろうが、確実にあの土地での情報構築は死活してしまうというリスクを伴
う意見である。
 けれどあの命は、数年では戻ってこない。そもそも我らと彼らでは、命の在り方が違いすぎる。失われた彼らはもう二度と戻っては来
ない。
 アチラ側にいってしまえば、その個は完全に失われることを、彼らはずっと昔から識っていた。
「だったら……ーナは……」
 やがて、彼女個人はひとつの意見を下す。
 それは繋がった植物たちに瞬く間に広がり、ひとつの結論を導いていった―――――。


 …


 そうしてジョンは、いつものように畑に立つ。
 疑いようもない日々を、何の不満もなく繰り返す。変わらない日常を淡々とこなしていく。
「………にーや。アルラーナ、もうこないのかなぁ…」
「―――――」
 ただ、そんなメリーの悲しみに答える言葉を、ジョンは持つことが出来ないまま、一週間という月日が過ぎてしまった。
 欠けてしまった非日常の穴は埋まることなく、妹の心はずっと痛惜にくれ、同じ質問を兄に繰り返す。それがここ数日のジョンの日常と化してしまっていた。
「……わたしたちのこと、嫌いになったのかなぁ…」
 メリーは母と兄のやり取りを知らない。おそらくそれを聞いてしまったのだろうアルラーナのことも、何も知らされないままでいる。 アルラーナはあの日、母と遭遇するなり突然逃げ出した。そういうことになっていた。
 もし事実を知れば、幼い妹は素直に母を恨んでしまうだろう。そんな面倒、ジョンはごめんだった。 
 こうして日々、妹の愚痴を聞き続けるのも億劫ではあったが、予想できるその厄介事に比べれば随分マシなはずだ。やがてメリーも諦めるだろうと、ジョンは何も答えることなく放置し続けていた。
 その甲斐あってか、メリーの口数も日を追う事に少なくなっている。もうしばらくすれば、アルラーナのことを口にすることはなくなるだろう。
 それでいい。そうなればすべて元通りだ。すべてが普通だった日常へと回帰してくれる。
―――――そう信じ込む度に痛む胸の奥底を無視して、ジョンは朝と夜を繰り返した。あんな少女は白昼夢の幻だったのだと。

 けれどいつも通りの日常なんて、あっという間に崩壊する砂上の楼閣なのだということを、あの緑の少女で知ったのではなかったのか。
 完全な日々なんてあり得ないと。
 アルラーナという非日常が、突然少年の日々に溶け込んでしまったように。
 ソレもまた、少年の日々に何の苦も前触れもなく、現れても何ら不思議でないことを―――――。

 突然警報が街に鳴り響いたと思った矢先であった。
 その地鳴りが、二人の重い空気を消し飛ばしたのは。
「じ…っ、地震…?」
 地ベタに座り込んで俯いていたメリーが、驚いたように顔をあげて辺りを見渡す。
 けれど地震にしては何かが妙だ。この振動はまるで、何か巨大な生き物が地団駄を踏んでいるかのような――――――そんな思考がジョンの頭に過ぎったとき、その咆哮は聞こえた。
 音になり損ねた、けれど確かに耳の奥に届いた重圧の声。人間でも獣のものでもないおぞましい咆哮に、妹が短い悲鳴を上げる。
 思わず音のした方を仰ぎ見れば、そこに咆哮の主が立っていた。
「―――…なんだ、あれ」
 それは、巨大な冗談だった。
 この街のどんな建物よりも高い化け物が天を貫いてそこにいたのだ。その形は白いムカデのよう。街の端からかなり離れたところに立っているように見えるが、それで、あの巨大さなのかと戦慄する。
 間違いない、あれがGだ。世界に突然現れたという、人間共通の敵だ。
 それがこの街に現れたのだと認知したと同時に、両親が畑に駆け込んできた。
「ジョン、メリー! 逃げるのよ!!」
 母の狼狽した声と、人の心を震撼させる鳴動がない交ぜに響く。恐怖に竦んだメリーを父が抱え、母が少年の手を掴んだ。
 見やれば街路は逃げ惑う人でいっぱいだった。誰も彼も恐慌した様相で、北へ北へと逃げていく。
「Gが出たの! 2体も!」
 そう母が告げる。やっぱりあれがGなのかと、ジョンはさほどの感慨もなく受け止めた。命の危機晒されているというのに、本当に自分は枯れていると自嘲する。
 けれど、2体とは何だろう。ここから見えない、もう一匹のGがいるのだろうか。
「もう一匹いるの?」と何気なく訊ねたとき、ふと菜園の植物が気になった。
 Gは毒ガスを吐くと言うが、それはこの丹精した自分の唯一の居所も破壊されてしまうものなのだろうかと思ったとき。
 辺りの花々が、一瞬、ジッ…と自分を見据えている錯覚が起きたのと。
「そうよ! ムカデと、樹の化け物が!」
 母親のその言葉に、ジョンの意識は真っ白に弾けた。
「……アイツだ」
「? な、なに?」
 母親の余裕のない問いに、ジョンはただ冷静に呟く。
「先に逃げて。友達を捜さないと」
「なにを悠長な…っ」
「アルラーナなんだ!」
 叫んだあとは、すべて無意識だった。母親の手を振りほどき、逃げる人々とは逆方向に駆け出す。
 このパニックの中だ、子供一人逆送したところで気に掛けるものはいなかった。
 それはそうだ。あんな怪物が街の近くで暴れていれば、無力な人間はすくみ上がるしかないのだから。
 近づけば近づくほど、そのムカデの巨大さは圧倒的で、そいつが巻き起こしているのだろう地響きに何度も転びそうになる。
 けれど近くへ寄れば寄るほど、奇妙な違和感が明確になっていく。
 あのムカデは、何故かこの街の手前で止まっているのだ。暴れてはいるけど、この街にはまったく襲いかかってこないのである。
 母は言った。Gは2体現れたのだと。
 一方はムカデで、もう一方は樹の化け物なのだと。
 植物のようなのだと。
「――――…」
 そうして、少年はそのGを視認した。
 この街のどの建物よりも遙かに巨大な化け物を。けれどそのムカデの全長に比べれば、三分の一もない樹の巨人を。
 そいつが街の手前で、ムカデと対峙して食い止めているのを、しっかりと理解した。
「……なんでだよ」
 ムカデの突進に樹の巨人が揺るいで、地面が悲鳴をあげたように揺るぐ。地平線は巻き上がった土埃でいっぱいで、そのあまりに荒唐無稽なスケールの前には、人間の作った街なんて玩具みたいなものでしかない。
 ムカデの触角が槍のように伸びて、樹の巨人の肩を抉る。遠くから眺めているだけなのに、その一撃に音が破裂したのが分かる。あの槍の一本がジョンが立っている街路と同じくらいの太さで、音速を突破して巨人の肩を抉ったのだ。
 それでも巨人の肩は脱落することはなかった。一部が欠けただけで、すぐさま復元して、逆の手でムカデに渾身の一撃を叩き込む。
 超弩級の光景。人間の常識など一瞬で瓦解させる未曾有の存在が、こんなにもすぐ側で争っているということに、少年の本能が警笛を鳴らし続けた。早くこの場から離れろ、すぐに逃げろと恐怖という生命維持装置に働きかけて、ジョンの意識を刈り取ろうと躍起になっている。
 けれど、少年は動けない。ただの一人、この街の片隅に居残った少年は、その巨人から目が離せなかった。
 例え巨人の抉られた肩の破片が飛来したとしても、少年は逃げない。その樹の破片が二階建ての家の外壁を丸々引っぺがしたかのように大きなものだったとしても、ジョンは微動だにしなかった。
 もう少しで見えるのだ。どちらも桁外れの巨体でありながら、信じられないほど機敏に動いているから、ただの平凡な人間である自分が〝ソレ〟を判別するにはひたすら凝視するしか手がないのだから。
 破片が落下してくる。自分に落ちてくれば間違いなく即死のコース。
 けれど破片は、はたしてその手前で跳ね返された。
 地面から伸びた無数の蔦が網の目状になって、ジョンを保護したのである。
 それでもう、少年は確信した。しっかりとこの目で確認も得た。
「なんで、お前が戦ってるんだよ――――…アルラーナ!」
 原理など知らない。ただ樹の巨人は、間違いなくあの緑の少女だ。
 巨人の肌に繁った緑の中に、確かに彼女の花があることを見つめけたのだ。
 緑の蔦がジョンを保護するように、無言で覆い被さってくる。その次瞬、ムカデの口から何かどす黒い塊が噴き出した。
 まるで毒ガスをありったけ濃縮して、弾丸にしたかのような攻撃だ。樹の巨人はそれを避けることなく体で受け止め、その樹木の肌を破壊される。その夥しい残響で、あれがどれほどの威力を持つ攻撃なのかをジョンは無意識に理解する。あの黒い弾丸が街に落ちれば、おそらく何十世帯のと言う家屋が消し飛ぶ。いや、もしかしたら街が半分も抉られてしまうかもしれないし、あの弾がもし毒ガスの塊なら振り落ちただけでアウトなのかもしれなかった。
 だから巨人は避けずに受け止めた。そしてどんどん地面から樹木をかき集めて再生し、ムカデの頭を殴りつける。その一撃だって、どんな爆薬も凌ぐ威力、家の数件を地面ごと木っ端微塵に吹き飛ばすほどだろう。
 でもムカデはその一撃によろけこそするが、傷ひとつ負うことなく巨人の体にその長大な体躯を巻き付かせ、その樹肌を削っていく。いや、まるで白蟻のように喰っているのか。アイツは体の至る所に口があるのだ。
 巨人は防戦一方で、ムカデを食い止めるので精一杯。ただ自らを復元して、その場から不動になることがやっとといった様子だった。
「――――…馬鹿かよ」
 違う。もっとやり方はあるはずだ。あんな馬鹿みたいな戦い方じゃ、それが精々なのは当然だ。もっと動いて、ムカデの背後でも取ればいいのに、巨人はそれをしない。
 だってアレは、街の盾になっているから。自分が動いては、街が傷ついてしまうから。だから足に根を下ろして、ただの壁になっているのだ。
「関係ないじゃないかよ…お前には…」
 街の人間はお前を無下に扱った。
 気味悪がって、追い回すことしかしなかった。
 母親はお前を疑った。もう付き合うなと拒絶した。
 自分だって、母の言葉に動揺する程度にしかお前を信用していなかった。
 それどころか、忘れようとさえ思っていたのに。
 なのに何故、この街の盾になっているというのか。

――――――――――「メーユーだからな」

 ふと、そんな言葉が目の前の蔦から聞こえた気がしたときだ。
 上空を、巨大Gの鳴動に負けないくらい大きな騒音を轟かせた一団が現れた。
 四つのプロペラがついた巨大な飛行機と、戦闘機の軍団。それに追従するように背中にプロペラの翼を背負った人間が何人か飛んでいる。
 星輪旗を機体に描いたそれらは、間違いなくアルトメリア連邦の軍隊であった。


 …


「状況確認。報告通り、センチピードと未確認のGが街の外周で争っています。まるで怪獣映画だ」
「街が近すぎる。折角出張ったのに、これでは爆撃は出来んな。しかし、この機体より巨大というのは本当に冗談としか言いようがない」
 全長22m強を誇るアルトメリアのB-18爆撃機だが、地上で暴れているセンチピードというムカデ型Gと、樹の巨人は明らかにそれを超えた体躯である。そしてセンチピード級はいままでで観測された中でも、おそらく最大の規模だろう。出来ることなら爆撃で片を付けたい相手であったが、そもそもあれだけの巨躯に通常の攻撃が通用するかどうかも怪しかった。
「折角奇跡的に、街は無傷で済んでるんだ。それを俺たち軍が焼き払っては、本末転倒だろう」
「ジャア、ミータチノ出番トユーコトネ!」
 リズミカルな口調で、チュルチュルとコーラを啜っていた一見ウェイトレスのような金髪のメードが、機内で口を開いた。
「そういうことだ。P-49のロケット弾と空戦メードで牽制した後にお前とラウンドスターズは降下。Gを撃滅しろ」
「アイアイサー!」
 眼下の脅威も何のそのといった軽いノリで、閃光の異名を取るメードはビシッと敬礼した。

 
「ようし、まずは俺たちが先制だ。用意はいいなハニー」
「いつでもOKよ、ダーリン」
「オーライ。それじゃあ早めにかたして、夜はデートといこうじゃないか」
 聞いている方が恥ずかしい会話わ交わして、背中に双発の翼を背負った空戦メード・イェーガーと、P-49戦闘機のパイロット・チャールズのコンビがセンチピードへと突っ込む。それに倣って、他の機体も巨大なGへと機首を向け、40mm砲とロケット弾を撃ち込んでいく。
 だが全長100mはあろうはセンチピードの外殻は、最大最高の防御力を誇るヨロイモグラのそれを遙かに超えていた。40mm砲はまったく甲殻を削れず、ロケット弾の一撃ですらビクともしない。辛うじてメードであるイェーガーのM1920軽機関銃が、奴の黄色い触角を抉った程度だ。
「クソッ! なんて見た目通りタフな奴だ」
「先にあの巨人を叩く?」
 一撃離脱して態勢を整えるチャールズの機体と併走するイェーガーの問いに、彼は首を振る。
「いや、あの巨人はどうもムカデさんが気にくわんらしいからな。体よく街の防壁になってて貰うさ」
 眼下では巨人が僅かに隙が生じたセンチピードを、その戦艦も一撃で粉砕するような拳で殴りつけていた。自分たちの弾幕にはビクともしなかった白い蟲がたじろぐ様に、チャールズのプライドが少し傷ついたりもしたが――――。
「これを利用しない手はないわね、ダーリン」
 イェーガーも同じ考えに到ったようだ。さすがはマイハニーだと彼は口元を緩めて。そうして、もう一撃叩き込むべくくるりと反転する。
「各機、巨人の攻撃に合わせてムカデ野郎を攻撃しろ。幾ら頑丈って言ったって、限度がある!」
 チャールズの言葉を了解し、再び突撃するウォードッグたち。巨人が拳を振るってセンチピードの外殻を殴りつけたとき、彼らも同じ場所へと火力を集中させる。
 目論見は果たして効果を発揮し、センチピードの胴体が初めて吹き飛んだのだ。


 空軍の先制攻撃の間に、アルトメリア連邦が誇る国土防衛メード部隊、ラウンドスターズは輸送機からの降下を終えていた。
 すぐ目の前には、圧倒的なスケールで暴れているセンチピードと樹の巨人がある。ややあって、巨人の攻撃に合わせた、P-49と空戦メードの一撃によってセンチピードの体が吹き飛ぶ様が視界に飛び込んできた。
 だがセンチピードは欠けたボディを排出して、再び連結することですぐさま正常を取り戻してみせる。そう、アレはそういう白いGどもの〝群体〟なのだ。
 そして逆鱗にでも触れたのか、いままで巨人しか相手にしていなかったセンチピードが空中を飛び交う戦闘機や爆撃機に対して、触角を振るったり、口から瘴気の弾丸を放出し出した。弾丸と言っても、奴のそれはもはや殆ど黒い光線のようなもので、虚空を切り裂くように伸びた一撃に頑強なB-18の一機が切り裂かれ、爆散してしまう。
「バカが。爆撃する気がないなら、とっとと退避してればいいのに」
 ラウンドスターズのフィールドコマンダー役であるメード、アシェナが悪態付きながら、武器である槍を構える。
「まぁ、そうやって奴の気を逸らしてくれればいいわ」
「いや、あまり割に合わないと思うがな。損害的な意味で。まぁ、今回は指揮は任せるぞ?」
 カルナックというメードはそう突っ込んで、ライフルとショットガンを携える。槍腰にはトマホークや手榴弾をぶら下げるなど、とにかく武装が多才な、筋肉を隆々とさせたメードの言葉に、しかしアシェナは辛辣な態度を崩さず鼻で笑った。
「うるさい。奴もろとも殺すわよ」
「ハイハイそうですか。とりあえず任せるぞ、コマンダー」
「フン…」
 そうこうしているうちに、センチピードがけたたましい悲鳴を上げていた。見やれば爆撃機から身ひとつで空中にダイブしてきたメードが、センチピードのB-18より遙かに太い体躯を、その二刀流の光剣で輪切りにしていたのだ。
「ココカラズーット、ミータン! ドロー! ジェダイリュー・マル秘オーギ、ムーンライトブレード、光波ーッ!!」
 そんなちゃらんぽらんとした口調で技名を叫びながら、しかしその金髪メードの青い剣戟は、自分よりも圧倒的な体躯を誇るセンチピードの体を次々と切り裂いていく。センチピードと巨人のデタラメさに輪を掛けた破天荒っぷりである。
 堪らずセンチピードが体を振るって、地面を津波のような勢いで隆起させながらそのメードを攻撃するが、彼女は軽業のようにその一撃を交わし、続く音速の触角の攻撃をその光剣二刀流で切り裂いて、センチピードの体躯を削っていく。
「ノーノー!ソンナ攻撃ジャ、ミーノLPハ削レマセーン! ドロー! ハッポーダイカリンケーン!!」
 と終始軽いノリで、センチピードという群体の連結を切り裂いていく。
「さすがはライトニング・パティ。閃光の異名は伊達ではないと言うことかとかね」
 カルナックがぽつり呟いたとき。
 センチピードは抉られた箇所をひたすら連結し、取り残されて〝群体〟から脱落した白い蟻のようなGを、銀髪のメードが手にした無数の光剣で切り裂き、パトリシアに並んだ。何かと彼女をライバル視している狂犬ジェシカである。
「今日こそ貴方のスコア超えるわ、このアンポンタンが」
「オゥ! タッグデュエルネ! デハ二人デ、ゴッドハンド・クラッシャーネー!」
「誰があんたなんかと!」
 そう言いながらもパトリシアと巧みな連携で、センチピードを構成する〝群体〟を切り裂いていくジェシカ。そしていつの間にかラウンドスターズの面々もそれに続いていた。指揮官役であるアシェナまで、センチピードをその槍と鞭で攻撃しているのはどうかと思ったが後が怖そうなので指摘しないことにするカルナック。
「……さて。それじゃあ私の参戦しますか」
 そうして彼女も援護に回る。
 誰もが思いはひとつだ。このGを、あの街に一歩たりとも踏み込ませるものかと――――彼らはGの巨躯を上回る一丸となったのだ。


 …


 あれほど圧倒的な存在を誇っていたムカデの怪物は、アルトメリアの軍隊とおそらくメードという人たちだろう人類最強の戦力によって、徐々にその勢いを衰退させていった。
 苦し紛れにあの毒ガスの弾丸を吐きだそうとするが、明らかに威力が落ちている。もはや樹の巨人の体を抉ることすら叶わないほどまでにだ。
 一部始終を見やっていたジョンには、その理由に何となく察しが付いていた。たぶんあのムカデは、無数の白蟻のような怪物の集合なのだ。それが多数より集まって、あの毒ガスを濃厚にしていたからこそあの威力で、巨人や戦闘機の攻撃も効かないほど堅牢だったのだろう。それが徐々に剥がれ落ちて数が減殺されていくことで、あの驚異的な身体能力を発揮できなくなっているのだ。
 それでもあの大きさだ。幾らメードという人たちが信じられないほど強くたって、完全に殺し切るには相当の時間が掛かる。
 けれど、それを巨人が補った。
 センチピードの注意が街から軍に移ったことで、巨人もまた攻勢に出ることが出来たのだ。次々とその拳でセンチピードの体を粉砕し、ばらけた白蟻を鞭のように振るわせた無数の蔦で切り裂いていく。
 そこに軍やメードを巻き込んでいる気配はない。アイツはあくまで、街の為に戦っているのだ。
 そうして二本の青い光剣をもったメードの一撃が、凄まじい閃光を伴ってセンチピードの先端部を剣戟で切り離した。
 虚空に浮かぶ形で取り残されたソレを、巨人が万力を持ってぶちのめす。堪らず吹き飛んだそれは、地面に取り残された残りにぶち当たったらしい。凄まじい土砂と一緒に無数の白蟻が虚空に巻き上がった。
「……トドメ」
 思わず呟いてしまう。
 巨人は最後の一手を撃つべく、その頭に巨大な花を咲かせたのだ。
 それはまるで天然自然の力で出来た、ひとつの砲台のようだった。


「オゥ! フラワーキャノン?!」
「そんなこと言ってる場合か! 逃げるわよ!!」
 パトリシアとジェシカたち、地上のメードは直ぐさま事態を察知して後退する。
「ダーリン!」
「ああ、やっこさん何かしでかす気らしい!」
 空中で見守っていた彼らもまた、上空へと退避する。
 そうしてまるで、アルトメリアの全軍が退いたのを見計らうタイミングで。
 巨人は、その咆哮を奔らせたのだ。


 ムカデの弾丸が黒い毒ガスであれば、彼女のそれはまさに緑色の閃光だった。
 大音響を轟かせながら大気を消し飛ばし、夕日の暁すら緑に染め上げるほどの光量を放って撃たれた必殺。
 遠方まで殴り飛ばされたセンチピードへ向けられたそれは、しかし爆発もしなければ地面を抉ることすらなく、ただただ彼だけを消滅させていった。
 毒ガスではない、あれは植物たちの命を集めた光なのだと、ジョンは何となくそう思えた。
 だってあれは、いつも触れている菜園の空気のように、綺麗だったのだから。
 

 …


 センチピードという、日常に突如介入した天災のような脅威は、それで完全に消滅した。
 樹の巨人は、アルラーナは見事に街を守り通したのだと、ジョンは目の前で未だに自分を保護し続けている蔦を握り詰めた。
「……ありがとう」
 素直に感謝の言葉が漏れた。戦陣の地響きも止んだからか、自分の言葉がやけに透き通って聞こえた気がする。
 その束の間だった。
 再び、ジョンの世界が爆音に包まれたのは。
「…ッ?!」
 見上げれば、アルトメリアの軍が今度は巨人へと攻撃を開始していた。
 戦闘機の機銃が巨人の肌を抉り、メード達の攻撃が次々と巨人の体を裂いていく様は、もはやジョンにとって悪夢だった。
「ち、ちがう…! そいつは…!」
 思わず駆け出そうとした少年の足を、しかし蔦が邪魔をした。一歩も動くな、そう言い聞かせるかのようにジョンを拘束して離さない。
「違うんだ…! そいつは違うんだ…!」
 必死に叫ぶが、そんなものが彼らに届くはずもない。攻撃は止まず、あれほど頑強だった巨人はされるがままに崩れ落ちていく。
「やめろよッ、違うんだよぉ…! 逃げろよ……アルラーナ、もういいから、逃げろって…!」
 巨人は動かない。
 違う、もう動けないのだ。最後の一撃で、もう力尽きてしまったのだ。
 センチピードの攻撃に何度となく耐え抜いた復元能力も発揮することなく、拳を振るって抵抗することすらなく、巨人はただの木偶の坊として排除されていく。メキメキと彼を構築していた樹木が剥がれおち、灰となって地面に落ちていく姿は、もはや砂上の楼閣そのものだった。
 彼女はもう動かない。その証拠に、自分を覆っている蔦すら枯れ始めていた。
 命が消えようとしていた。
「やめろよォ!! そいつは、友達なんだよォ…!!」
 少年の絶叫ははたして届くことはなく。
 巨人はやがて、事切れたかのようにすべて灰となって、崩れ落ちていったのだ。
 ちょうど、真っ赤な夕日が沈みゆくかのように―――――あっさりと。


――――そうしてすべてが終わったとき。
 ジョンは地面に蹲って、ここ十数年と流してなかった涙を溢れさせていた。
 枯れた自分にも、まだこんなものがあったのかと失望する。こんなもの、なんでこんな時でなれば流さなければならないのだ。ふざけるなと、怒りと失意に頭が痛みに狂いそうだった。
「なんで……あいつは……ぜんぜん、悪く、ないのに…!!」
 枯れ果てて、カサカサに痩せこけてしまった蔦を掌で握りつぶす。嗚咽に肺が押し潰されそうになって、呼吸がままならなかった。
「なんで殺すんだよ!! オレの、初めて友達と思える奴だったのに!!!」
 それでも声に出さずにはいられない。怒りに手の震えが止まらない。怨みに唇を噛みしめて、流れ込んでくる涙と鉄の味が舌の上に広がる。
 何を今さら。信用していなかったのは誰だ。そう告げなかったのは誰だ。
 ふざけるな。都合が良すぎる。彼らは悪くない。彼らは仕事を全うしただけだ。誰だってあんな脅威を目の前にして、放置しておけるわけがない。
 愚かなのは自分だ。母親の言葉に揺るいだ自分だ。何も言わず少女が寄ってくるのをただ待っていただけの自分だ。
 その証拠にお前は彼女が離れた途端、忘却しようとしただけではないか。虫が良すぎるのはお前の方だ。
 だいたいあれは本当にアルラーナなのか。お前も思い込みではないのか。
「違う…!! アイツは…!!」
 彼らは悪くない。彼らは街を守ろうとしただけだ。
 あの巨人と同じように、ただ守ろうとしただけなのだ。
 そんなこと分かっているのに。
「チクショウ……ッ!!」
 あの花は間違いなくアルラーナだったのに。アイツ以外考えられないのに。
 なんで殺された。なんで殺されなければならなかった。大人しくしていたアイツになんで誰も話しかけてはくれなかったんだ。
「……ビョーキなだけ、かもしれないだろ……チクショウ…」
 どうしようもないことくらい分かっている。アイツと自分たちがどうしようもなく擦れ違っていることくらい、分かってはいるのだ。
 だけど、こんな結末は認められない。認めるわけにはいかないのに、怒りの矛先が見つからない。無力で枯れた自分にしか見つけられない。
 呼吸がうまく出来ない。涙と嗚咽に殺させそうになる。
 ああそうだ。いっそこのまま死んでしまえばいい。そうすれば、自分もアイツと一緒のところに――――。

「――――――ソレが、泣く、という文化なのカ?」

 ふと響いた声に、ハッとして顔を上げる。
 そこにははたして、彼女が立っていた。夕日に照らされて、髪の毛が半分ほど無くなってしまった緑色の少女が。
「…………そ…ぅ、だよ。人間は、こうして…泣くんだよ」
「ソーなのか。苦しそうダな。ナンで泣クんダ?」
 いつになく辿辿しい口調だが、その無知な笑顔はちっとも変わらない彼女が訊ねてくる。
 だから。
「―――――嬉しいってことだよ。お前にまた逢えて」
 そう告げる。アルラーナはよく分かっていない様子だったが、にこりと笑ってくれた。
「この間は、母さんが、悪かった。ごめん…」
「? ヨク意味ガ、ワカラない、ナ? ナんで、アヤまる?」
「だって、お前のこと…邪険にして…。いまだって…お前…」
「―――――――ニンゲンとワタシたちは、マだソコまで、共存デキるとは、ワタしタチも、思ってハ、イナいからナ。気にシテナいぞ」
「だったら……あの時はなんで逃げたんだよ…」
「……メーユーの家族ガ、メイわクするノは、アルラーナ、あマリ、いい気ガ、シナ、カッタからナ…」
―――――アルラーナの言葉が徐々に聞き取りづらくなっていく。
 そのハズだ。夕日に照らされた彼女の体は、もう死に体だった。もう半分以上が枯れ果てて茶色に染まり、崩れ欠けている。あの巨人と同じように、彼女はもう限界なのだ。
 それなのに、こうして逢いに来てくれたのに。
「ッ…」
 そんな彼女が見るに堪えなくて、ジョンは思わず視線を逸らしてしまった。なんて不甲斐ないと叱咤しながらも、どうしようもない。
 何を言えばいいのか分からなくなってしまったのだ。もう死んでしまう彼女に、何を言えばいいのか分からない。ニンゲンの街を守ったあげくに、人間に殺された彼女に人間の自分が何を口にすればいいのか、まるで分からなかった。
「――――ジョン。コノ土地は、スき、か?」
 顔を上げる。アルラーナは笑っていた―――――いつか見せた、どこか高潔な笑顔だった。まるで、どこかの王女様のような誇らしさを持って、枯れ始めた少女は、人間として枯れてしまっている少年を見据える。
「ジョン。こノ街ハ、好キか?」
 その赤い、年輪のように渦巻いた瞳は、あの光のようにとても優しくて。
「ジョン。こノ世界は、好キカ?」
 それはどこか願いのようで。
 だから告げる言葉なんて、端からもう決まっていたのだ。
「………ああ、好きだ。この世界も、植物も、家族も―――――お前も、オレは好きだ」
 そうして、出来うる限りの笑顔をやってみせる。涙と嗚咽でどうにも不様だろうけど、精一杯に笑ってみせた。
 はたして自分のそれは、アルラーナにどう写ったのか。彼女は満足したように満面の笑みを浮かべてくれて。
「花ハ枯レてモ、樹は朽チてモ、マたいズれ芽を出し生キ返る。ジョン、いズれニンゲンが、アルラーナたチのメーユーになル日ガキタら、ソのトキは」
「ああ……たくさんの人間の友達も紹介できるように、なってやるさ」
「――――――タノしミに、シてルゾ。ジョン」
 そうして、日が沈んだとき。
 アルラーナという少女の姿も、日の光と共に消えたのだ――――。


 しばらくして、自分は立ち上がり、家族の元へと戻った。
 予想通り、父親からはしこたま殴られることとなったが、当然のことなので甘んじて受け入れた。今度やったら殺すと言いながら、父親は泣いていたのが、妙に気恥ずかしかった。
 それから、あんな怪物が現れたというのに、街の住人に死者がまったく出なかったことを人の口から知った。パニックになった際、何人か怪我を負った人もいたらしいが、いずれも軽い傷で致命的なものではないとのことである。その事を神の奇跡と呼ぶ人もいたが、そう仕向けた奴を知っているというだけで、どこか誇らしい気持ちになれた気がした。
 ややあって軍から〝瘴気〟というGが撒く毒ガスに汚染されていないかの診察を受けるための、待ち時間の折に母親が口を開いてきた。
「……この間は、悪かったわ。その……友達には、逢えたの?」
 本当に申し訳なさそうにしている母に、自分は苦笑して肯いた。
「また旅に出ちまったけど。またいつか、って」
「えー! にーやだけ? メリーのことは!?」
「……よろしく言ってたよ」
 後が五月蠅いので、そういうことにしておく。
 またいつか――――彼女はそう言っていた。だったらメリーもいずれ出逢う機会があるかもしれないのだから、嘘にはならないはずだ。
 土があれば、花はまだ咲く。焼き払われた森だってまた蘇る。それが、一体いつの日かは分からないが。
 その時を来るまで、できうる限りの準備をしておかなければ、嘘というものだろう。
 決心は早い方が良い。善は急げとは、一体どこの言葉だったかは知らないけれど。
「――――母さん。落ち着いたら、ボクにプリンの作り方、教えてくれよ。アイツ、母さんのプリンをすごく喜んでたんだ」
 母親は一瞬目を丸くしたが「そう。分かったわ」と微笑んでくれた。
 こうして目標をひとつ立てる。
 さて。アイツはわざわざ〝世界〟などと大仰に言い残していったのだ。だったら自分は、それに応えなければならない。
 どうせそれしか能がない身だ。いずれ世界中の植物界を相手に働くのもいいかも知れないけれど。
「とりあえずは……そうだな…」
 当面はクラスで友達を作ることから始めよるとしようじゃないか。明日、サムあたりに今日のことで話しかけてみるのもいいかもしれないと――――だってほら。女の子相手に嘘つきになるのは、男としてごめん被るのだから。









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