―――――末席のメイドが、あのジークフリートと一戦交えた。 その報せを受けた私は、即座にピーター・モグリオの工房を訪れた。なにしろあのジークフリートと剣を交えたのだから、そのメイドが無事でいるハズがない。末席…つまり此度のお触れによって暫定的に継承権を得たカリオが頼れる技師は、私が紹介した彼以外に有り得ないのだから、私の足が彼の工房へ向かうのも必定だった。 ピーター・モグリオの工房は、首都の外れ、事業に失敗しそのまま放棄されたオフィス群に居を構えている。彼はかの空戦メイド≠産み落とした名士ではあるけれど、一部の皇族に反発して下野した人物でもあるためだ。それでも彼の腕を買って、メイドを看てもらう騎士・貴族・皇族は多い。かく言う私も、その一人なのだから。 工房に入り、いつもの診察室―――というか半寝床――――を覗いたがピーター氏の姿はなかった。ちょうどすれ違った、私よりも小さな背丈の医療メイドに訊ねると、地下の子宮室で患者を治療中だと言われ、私はそちらへと歩を進めた。知らず、歩みが足早になっていたのはちょっとした憂慮のせいかもしれない。 彼女らが産まれ落ちた子宮に戻らればならないほど傷が酷いのか?―――という不安。相手があのジークフリートなら、五体バラバラにされていても可笑しくはないのだ。メイドが理論上、首だけでも生存可能なほど強靭無比な生命力をもっているのは知ってはいるが、それと私の気持ちの問題は別腹なのだ。 「柘榴のときといい、あのルフェルってメイド……そんなに破滅的な星の生まれなのかしら」 そんな不謹慎な事を思わず呟いてしまいながら、地下への階段へ辿り着く。 「いや、どうかな。ボクは気持ちのありようの問題なんだと思うけどね」 ふいに声をかけられ、振り返る。そこにはカリスお兄様の友人であり、当家の賓客アルカ皇子が壁を背にして立っていた。 「……盗み聞きなんて、上品ではありませんね?」 「ああ、それは済まないねユッピー。けど聞こえてしまったものは仕方ないだろうし、何か疑問にしていたようだったからね。僭越ながら主観的意見を述べさせてもらったよ」「ふん…たいした材料にはなりませんでしたけど?」 「ユッピーは相変わらず手厳しいね」 台詞とは裏腹の、余裕のある笑みで受けてくるアルカお兄様は、正直苦手だった。まったく自分の腹を見せない人間を相手にするのは酷く疲れるし、不愉快になるからだ。 「で、貴方は何故ここに?」 「柘榴が負傷してね。ルフェルのついでに看てもらって、子宮(オペ)になったから待っているんだよ」 「…柘榴が?」 「ああ。ジークフリートの剣を受けてね。柘榴の護拳ごと右手を引き裂かれてしまった。さすが最強。たいした威力だよ、全く」 「――――説明してもらえるかしら、アルカお兄様?」 … アルカお兄様の話に、私は自然に息をついてしまった。まさかそんな綱渡りを平然とこなしていたなんて。 なにしろ相手は、冷徹なる天才、帝國宰相ギーレン第一皇子だ。むやみに感情で動く人ではないけれど、だからこそ帝國の理と法の支配に対して躊躇いがない。 規律を破るもの、皇族としてあるまじきものなどかの兄にとって、最も度し難い存在となる。それこそ、帝位という帝國そのものを賭けた此度の仕合のルールを破る者など、皇族と言えど容赦することなく断罪してかかる事だろう。 「よくもまぁ、あのお兄様を説き伏せられたものですね」 「ギーレン兄上は政治倫理に誠実な奴だからね。だからしっかり正論を当てれば、納得すると確信していたさ」 何のこともあるまい、とアルカお兄様は軽薄な笑顔で語ったが、そんな容易な話ではけしてないだろうに。あのギーレンお兄様の前で、数多の国を侵略する度に常勝した帝國軍総司令を、戦後処理も完璧に今日の帝國を盤石のものとしている帝國宰相を前にして、平然と媚びへつらえる人間がこの世の中にどれだけいるというのか。 数億の民の日々を支えきった男の度外れな威容と迫力に対して、齢20も生きていない人間が雄弁に語ることの難しさなんて、児童の身である私にだって簡単に想像できることなのに。 「――――ふん。だったら私も招待してくだされば良かったのに。おかげで、あのジークフリートの戦闘力を垣間見る絶好の機会を逃してしまいました」 半分本音、半分苦し紛れに口を開いてしまう。だから私はこのお兄様が苦手だ。カリスお兄様の友人でさえなければ、近寄ることもしなかっただろうに。 「へぇ。ユッピーは、この継承権争奪戦を勝ち残る気でいるのかい?」 「?…そんなの、当たり前のことでしょう? 私はカリスお兄様に帝位を継いでもらいたい。そのためには是か非にでも勝ち残らなくてはいけないんですから」 「あっはは。そうか、勝つ気でいたのか!」 何を思ったか。私の言葉に、彼は失礼極まるほど声を出して笑い出したのだ。 「―――柘榴だって勝つ気でいたでしょうに」 「柘榴はね。でもボクは初めからそんな気なんてなかったよ?……ああ、これは彼女には内緒にね。落ち込んじゃうから」 くくっと笑みを噛み殺しながら、訝しむ私を前にアルカお兄様は続けた。 「考えてもみなよ。まともな戦闘で、あのジークフリートを凌ぐメイドなんてこの帝國にどれだけいる? 一人? 二人?…いいや。いやしないんだよ、初めから。どう足掻いたところで、帝國最強のジークフリートを凌ぐことなんて無理なのさ」 「っ! そんなの…!」と思わず反論しようとした私を手で制して、彼は続けた。 「確かに。万が一にもジークフリートを凌ぐメイドはいるかもしれないね。けど、それも初めから優勝候補≠ウれていたメイドに過ぎないのさ。ボクの柘榴や、カリオのルフェルなんて端から論外、蚊帳の外の話なんだよ」 決まっている。初めから、誰が残るかなんて、決まっている…? そんな事は…と続けようとして、口が動かなかった。 だって、確かに――――最強を相手にした彼女たちに、勝機なんて見いだせない自分がいたのだから。 「最強のジョーカーは初めから決まっている。優秀なエースでも最強の2でも、番狂わせのスペードの3でも倒せないジョーカーが。そんなの、ゲームにならないだろ? だからボクはやる気がなかったんだ。多分、カリスだってね」 「カリス、お兄様…が?」 「まぁカリスの場合、単純に平和主義なだけかもしれないけど。……とはいえ、最近の出来事を見ているとね。どうもこのゲームの趣旨はボクの予想とは違っていたのかもしれない――――そう思えるようにはなってきたんだけど」 そう呟いて、カリスお兄様は踵を返して、廊下の奥へと歩き出した。 「喉が渇いたから、飲み物でももらってくるよ」 「ちょ……最後の言葉、どういう意味なんですか!」 「そのままの意味だけど?…――――そうだね、帝位目指して勝ち残りたいならそう足掻いてみるとイイよ。でもねユピテル。もしかしたらこの仕合の意味を正しく理解しているのは、案外君のメイドやあのジークフリートの方なのかもしれないよ?」 ひらひら。手を振りながらそう言って、カリスお兄様は視界から立ち去っていった。 だけど私は……その言葉の意味を咀嚼し切れずに、その場に立ち尽くすしかなかった。ライラとジークフリートの共通点なんてどうしても分からなかったし、何より私はジークフリートというメイドを、式典で遠目に見た程度の知識しか持ち合わせてはいないのだ。 けどそれは、アルカお兄様とて同じではなかったのか。それなのに私とは違う見解を持つ兄の言葉を理解できない。先の一戦で何を見て、何を知ったというのだろうか。 想像はできず、結論はつかず。 「―――――…だけど、お兄様。ジョーカーでは、けしてゲームを上がることはできないんですよ」 ただ私、ユピテルはユピテルに分かることだけを口にした。 ―――― Episode_Y End. |
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