「バーロォが。ふざけんのもいい加減にしろ!」
 私が地下へ降りた途端、ピーター・モグリオの怒号が響き渡ってきた。あまり感情を露呈しない彼にしては珍しい言動に、私は知らず識らずその場で足を止めてしまう。
 階下に広がるメイドたちの人工子宮が居並ぶラボ。その一角に彼と、その助手である黒百合――――そして今しがた治療を終えたのだろう、羊水を滴らせたルフェルがいた。黒百合が彼女にタオルをかける中、ピーター氏は不快を露わにした形相で言葉を続ける。
「あのジークフリートとやりあったってだけでも馬鹿馬鹿しいのに、この期に及んで、右目と左腕を取り付けろ、だと? それがどういうことなのか分かって言ってるのか、お前は」
「承知してます、Dr.モグリオ。ですが今の欠けた躯体では、やはり機能不足なのです」
 辿々しく語るルフェルは、子宮から出たばかりでまだ本調子ではないのだろう。その口調には覇気が全く感じられなかった。
 いや、もしかしたら体調のせいではなく―――彼女は本当に気を病んでいるのではないだろうか。
「だからそれがふざけてるって言ってるんだ、このポンコツが。どんなに調整かけたところでどうしようもなく死にかけのお前に、左腕と右目の神経を再生させることがどれだけの負担になると思ってる。閉じた肉と神経と血脈を開いて繋ぐことは確かに可能だ。だがそうすることの身体への負担は、脳みそ直接抉ってくじいて、ハンバーグ捏ねるみたいに握りつぶすようなモンだ。そんな途方もない負荷に、とっくに寿命過ぎてるお前が耐えられるわけがないだろうが。十中八九で不能、よくて植物だ」
 息も荒くして早口で捲し立てるピーター氏は、本当に頭に来ているようだった。
 けれどルフェルは。
「構いません。植物でも、戦闘本能だけは残る。それが兵器としてのメイドの本性ですから。可能なら、それに適した再調整をかけてくれてもいい。……いえ、叶うなら、現代に通用するよう改良してくれた方が、私との目的には望ましい」
「……」
 淡々とそう語ってきたのだ。
 そして私は聞いてしまった。ピーター氏のギリっと奥歯を噛みしめる、怒りの音を。
「いい加減にしやがれ、オンボロのメイド風情が! なに付け上がったこと口走ってやがる。そんな事をして、あのガキが喜ぶと本気で思っているのか!」
 ビリビリと振動が地下室を揺らしているかのような怒鳴り声。けれどそれも当然だと、私は真剣に受け止めた。
 あのカリオには、まだ幼い彼にはどうしてもルフェルというメイドが必要不可欠なのは明白なのだ。それなのに当のメイドが自殺紛いを口走った。それはメイド以前に、心を持つ者として間違った選択だ。
「言っておくがな。オレは生まれた後から…いや、生まれる前からモノをあれこれ弄くり回すって事には虫酸が走る性分なんだよ。お前らはパソコンでも車でもない。必要だからって改造して部品交換して取り繕えなんてことは、オレに殺してくれって言ってるようなモンなんだぞ。そんなの願い下げだ、くだらねぇ茶番だよ」
 そんなピーター氏の持論は皇族でも有名な話だ。彼は必要最低限の調整しかメイドにしないし、どんなに問題があっても生まれもった個性を殺すような真似もしないのだという。はたしてそれが命を弄ぶ事への良心の呵責からなのか、ただの偽善なのかは分からない。
 けれど、そうして生まれた空戦メイドたちは遺憾なき性能を発揮し、今も活動しているという事実が、彼の腕が本物であると裏付けているのは確かだ。
「それによ。仮にそんなハンデを負ってまでして、どうやってジークフリートなんてバケモノとやり合う? ジークフリートだけじゃない、皇族のメイドなんてのはどいつもこいつもバケモノ揃いなんだぞ。ライラに勝ちかけたのも、柘榴に勝てたのも、どんだけ天文学的な奇蹟だったと思ってやがる。自惚れるなよ――――お前なんて大量生産の欠陥品に勝てる道理は、端からこれっぽっちもねぇんだよ」
「……」
 メイドの生みの親のひとりであるピーター・モグリオの、あまりに情け無用の断言に、さすがのルフェルも押し黙って俯いてしまった。
「主様。さすがに言い過ぎです。もう少し優しく説き伏せてもよいではないですか」
 見かねて黒百合が口を挟んだが、ピーター氏は舌打ちひとつで一蹴する。
「いいんだよ。ハッキリ言わなきゃこの天狗になってるバーロォには分からないようだからな。どんだけ自分が神様の気まぐれに助けられて生き延びてるのか、全く理解してない。だからハッキリ宣言してやる。お前はな、どうやったって勝ち残れない。何故なら――――お前の脳は、もう戦闘の負荷には耐えられない=v
 その名士が下した診断結果に、ルフェルの肩が一瞬身動いだ。
「条件付きで残り二回、今までのような戦いなら間違いなくあと一回で、お前の脳は限界を迎える。それ以上の戦闘行為にゃ負荷に耐えられなくなって脳が自壊しちまう、つまり完全に死んじまうってことだ。どうだ、どうやってたころで勝ち残るのは不可能だろ。万が一最後まで生き残れるなんて思うな。継承権を剥奪されない限り、間違いなくあのギーレンのハゲ野郎はその首を取りに来る。そら、もぅどーしようもないんだよ、どーしようもな」
 ああ、と思わずルフェルというメイドの気持ちを図って、私は絶望した。
 ピーター氏の言葉は本当にどうしようもない、絶望的な現実しかない。彼女はもう、どうやったところでこの皇位継承戦を勝ち残ることは不可能。そんな希望を断絶する言の葉だったのだ。
 シンと地下室が静寂に包まれた。ピーター氏は言いたいことをすべて吐き散らしたためか、いつもの野暮ったい顔つきに戻って、まだ子宮内に浮かんでいる柘榴の調子を看始めている。
「―――…もう、終わりにしたらどうでしょう。ルフェルさん」
 沈黙が続いた中、黒百合が口を開いた。
「もう十分でしょう。私が貴方に合気の呼吸を教えたのも、少しでも躯体に負担がかからないよう、生き延びて欲しかったからです。けして勝ち上がって欲しかったからではありません」
 ルフェルは答えない。
「私もそう思うわ、ルフェル。ピーター氏がそう言うのだから、もうどうしようもないでしょう? 諦めなさい」
 ひとりの皇女ユピテルとして、私もそう語りかけた。だってこれは仕様がないことだし、無理をして、それこそ本当に取り返しの付かないことにでもなってしまったら目覚めが悪すぎる。
「……だったら」
 そうして、ぽつりと。
「………だったら、私は一体どうすればいいって言いやがるんですか、アナタ方は」
 彼女は俯いたまま、静かに――――本当に静かに呟いた。
「私はもう長くありません。どうせもう朽ち果てる……のに、それなのに、私は何を、どうすればいいって言いやがるんですか。カリオに何も残せないまま、残さないまま朽ちろって言うんですか」
「それは…」
 私は取り繕うとして、でも口を紡ぐしかなかった。黒百合も同様、沈黙するしかない。
 ルフェルのその静かな口調が、あまりに冷たい温度の声が、大声で咽び泣いているように聞こえたから。
「……教えやがってください。私は、このガラクタは、本当にもう、カリオのために何も――――なにもできないのですか?」
 私と黒百合は答えられなかった。
 ただ、ピーター氏のコンソールを弄る波音だけが、地下室に響くのみだったのだ――――。




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