「―――――ですから、皇帝陛下。是非とも、かの【黒い悪魔】、チューリップを我がメイドに」 彼はそう真摯な面持ちで、数分に渡る持論を結した。 皇族の末席にある騎士である彼は、その知に恥じぬ高尚潔白さを溢れんばかりに纏っている男だ。その帝国のために不惜身命である様は、彼の言い分が十分に説得力のあるもののように思えた。 ただしあくまで見た目の上では、の話である。彼の論を掻い摘んでしまえば強いメイドを余らせておくくらいなら、私にくれ≠ニ単純明快すぎるものであり、そうならそうとハッキリ言ってくれた方が簡潔でより清廉潔白であったと私は思う。正直、この数分を無駄にしたとため息をつきたいところだ。 なにより、演技が過ぎる。見え見えのメッキをこれ見よがしにとばかりに振る舞う様は、道化を通り越して喫驚仰天するというものだった。もうメッキが眩しすぎて、目が腐ってしまいそうなくらいである。 けれど、彼の言い分に是非をつけるのはメイド≠ナある私の役目ではない。私が使える主―――つまり皇帝陛下が判決することであり……私にはその答えが分かり切っていた。 「で、なんだね。君はその、チューリップを……どぉうしたいんだって?」 皇帝の言葉に、自信満々だった彼が呆気にとられた。いままでの説明を聞いていなかったのか?といった面持ちである。その気持ちは理解できないでもない。あれだけ饒舌に宣った返事がこれでは、呆けて当然というものだ。 「いや、ですから、あれほどのメイドを手持ち無沙汰にしているのは、帝国のためにも臣民のためにも利にならないと…」 「そぉーんな事はどうでもいい〜んのだよ、君ぃ」 突然、玉座から立ち上がり一喝した皇帝に、彼はビクッと身を震わせる。 「君はね、あのチューリップを手に入れてぇ一体何をさせたいわけ? よもや、孕ませる気かい? 孕ませて子供生ませて家庭築いてウハウハしたいわけかぁい、このロリコンがぁああ!!!!」 そうして浴びせられた意味不明な罵声に、もはや彼の高貴な仮面は完全に崩壊していた。 「え、は? い、いえそんな、ですから私は…?」 哀れなほど狼狽する彼に、皇帝は容赦なく続ける。 「だぁあぁぁぁまらっしゃぁああい!!! チューリップの次のマスターに関しては一切関与は許さなぁぁあいのよぉぉん!!! 不満があるなら、さっさと荷物を纏めてこの帝國から出て行くがよいわぁああッ!!」 ああ、なんという横暴な言葉なんでしょう我が主様。 可哀相に。これで通算何度目かの立候補者≠ヘ今日も容易く一蹴されていったのでありました。 … さて。そうして哀れな末席の皇族が辛酸を嘗めて立ち去った謁見の間に、私と皇帝陛下だけがいつものように残った。先ほどまでの空しく熱気も失せた静寂からか、天窓から小鳥のさえずりが微かに聞こえてくる。 「……皇帝。いい加減チューリップの意見も聞かずに申し出を蹴るの、止めたらいかがですか?」 私がそう言うと、皇帝は破顔一笑した―――もっとも表情は見えない≠フだが。 「ハァハッハッハ!! っもぅ、ミっちゃんだって分かっているくせにぃ。意地悪なんだぁからぁ〜!」 ミっちゃん―――つまり私もくすりと笑って頷く。 「ええ、承知しておりますよ、マスター。此度の皇位争奪戦に当たっては、末席であるあの騎士にも当然参加する資格が与えられています。ですが、彼にはこの仕合に勝ち残るだけのメイドがいない…というより、いま自身が持つメイドが勝ち残れると思ってはいないのでしょう。 だから現在マスター不在のチューリップを――――大戦時の英傑である彼女を欲した。ただただ戦力として欲し、その結果として今の自分に仕えるメイドを切り捨てることに何の恥も感じずに。千枚張りの面の皮とはよくいった小物です。いずれ自滅する彼にチューリップは相応しくない、ということでしょう?」 「フぅン、分かっているなら言わなくてもいいのにぃ。……しかしアレだね。アイツからはそのうち全メイドを引き上げさせてもいいかもしれないね」 「あら可哀相に。メイドとて主人は選びます。どうせなら自身のメイドに痛い目に遭わされてから、の方がよいでしょうに」 「ハハハ。ギーレンが聞くとぉ怒るねぇ〜、そのぉ台詞は。あいつはつまらん奴だから」 「ええ。冗談も通じません。けれど閣下は、そこに理が通るのなら憤慨することもないでしょう。愚物が飼い犬の機嫌を損ねて噛み殺された、というのは十分に当を得ていますでしょう?」 「さすがミっちゃん。小利口だねぇ」 「皇族方の付き合いには慣れてますから」 小鳥の歌声が会話に華を咲かすようによく響いてくる。ああ、今日も良い天気だ。チューリップのような空飛ぶメイドであれば、絶好の飛行日和だとでも感じるのだろうか。 「……でも、本当にいつまでチューリップに暇を与えておくつもりですか。彼女、本当に手持ち無沙汰ですよ?」 マスターも不在、そして所属する空軍も開店休業状態とくれば、いまチューリップを縛る務めもないも同然だ。彼女は戦後から―――もしかしたら彼女のマスターが卒去したその日から、彼女は空を飛んだまま巣に帰ることも出来ずにいるのではないかと思うときがある。 けれど。 「まぁねぇ別に放置しているわけではないのだけどねぇ。……時間の問題、じゃダメかねぇ」 そう告げてくる陛下の言葉に、私は苦笑するしかない。マスターの言葉はメイドにとって絶対であるけれど、それ以前に彼のこの曖昧な発言に納得してしまう自分を可笑しく思うからだ。 「またいつものソレですか。まぁいいですけれど。そうして、今の帝國があるわけですから」 「ヌゥハハハッ、そぉそう。すべてはなるべくして、だよ。ミっちゃん」 「ええ、すべては陛下の御心のままに」 豪快に笑う皇帝陛下に、私はお定まりの文句と礼をして応えた。 そう。彼がそう応えるのならば、チューリップの一件ももうすぐ解決するのだろう。ならばこの分を弁えない立候補たちによる煩わしい時間も、これで見納めになるのかもしれなかった。 ![]() 「――――…あ〜ところでミっちゃん。さっきから今か今かと我が輩、待ちかねてぇいるのだけどぉ?」 ついに堪えが効かなくなったか、皇帝がそう告げてきた。 「……皇帝。ギャグ振りは自分から語った時点で敗北ですよ」 「だってミっちゃん、このままスルーするつもり満々じゃぁ〜ないですかぁ〜!」 「ええ、慣れましたから。もう慣れちゃいました。ちなみにそれは、巷で有名なチータマ●のマスクですねぇ」 「う〜ぅうむ。最初の慌てふためいてドジっ子全開だったぁ〜、愛しのミっちゃんはぁどぉぉこへぇぇ〜…」 「皇帝。それこそ、時間の問題、なのですよ」
|
||
|---|---|---|